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広島の赤松真人が引退!胃がんと闘い抜いた末に・・・

   

 かつて、当時横浜ベイスターズの村田修一選手が放った左中間へのホームラン性の打球を、フェンスによじ登って好捕したスーパープレーで日本のみならず、アメリカ球界をも沸かせた赤松真人選手。2016年に初期の胃がんであることを公表して以降、闘病しながら一軍復帰を目指していましたが、2019年に現役引退を決断しました。このことについて、詳しく見てみましょう。

プロフィール

【生年月日】1982年9月6日
【出身地】京都府
【身長】182cm
【ポジション】外野手
【投打】右投げ/右打ち


 お兄さんが地元の少年野球チームに所属していた影響で、幼稚園の時から既に野球を始めていたそうです。遊撃手だった中学時代には、あの倖田來未さんと同級生で二遊間を組んでいたそうです。

 京都府の名門、平安高校ではセンバツ甲子園でベスト8進出。立命館大学では4年生の時に主将としてチームをリーグ優勝に貢献し、2004年のドラフト会議で阪神タイガースより6巡目指名を受けてプロ入り。

 2005年は二軍でリーグ首位打者・盗塁王・最多得点・最高出塁率で4冠を達成するなどして好発進。2008年には広島東洋カープに移籍すると、プロ初本塁打から3試合連続本塁打を記録。

 堅守と好走塁も光るなど、攻走守の三拍子で注目を浴びました。怪我や病気を抱えながら、2019年にプロ入り15年目を迎えていました。

胃がんとの闘い

 プライベートでも、2008年に既に入籍していた奥さまと広島市内で結婚式を挙げるなど、順風満帆だった赤松選手。2010年はキャンプ期間中に起こった左太もも裏肉離れで三軍スタートとなっていましたが、持ち前の打撃力を遺憾なく発揮し、直ぐに一軍へ昇格しました。

 そして同年8月、海外のメディアでも取り上げられた、村田選手が放ったホームラン性の飛球を好捕するあのビッグプレーを起こします。2011年以降も俊足を生かした代走、堅守を活かした守備固め、長打力を活かした代打の切り札など、様々なシーンで赤松選手ならではの活躍を続けていました。

 そしてチームが日本シリーズに進出し、シーズンオフになった際に初めて人間ドックを受診。奥様の勧めだったようですが、この際に初期段階の胃癌が発見されたのです。2017年に胃の半分を切除する大手術を受け、病理検査の結果リンパ節への転移も見られたため、そこから療養とリハビリを開始。

 人一倍意識の高い赤松選手は、強い副作用を覚悟で治療を続け、一軍復帰を目指しました。並々ならぬ努力を続けていましたが、術後一軍での復帰は容易ではありませんでした。

 毎年減俸率の上限適用での契約更改となり、2019年は2,025万円程度の年俸にまでなりました。この頃は、出場の機会に恵まれなかったらユニフォームを脱ぐ意向も、周囲に漏らしていたそうです。

引退へ・・・

 1年半のリハビリ期間を経て、2018年3月から2軍戦に復帰。懸命に1軍復帰を目指してきましたが、吐き気や手足の痺れなどの症状を起したり、闘病による大幅な体重の減少があったことから、かつてのようなパワーやスピードを発揮できなくなりつつありました。

 2019年の二軍での成績は46試合に出場し打率.143、0本塁打、3打点という成績。打撃力の低迷は本人にも自覚があったようで、自ら引退を球団に申し入れたそうです。走攻守すべてに類まれな才能を持った彼にとって、思うように体が動かなくなったつらは想像を絶するものでしょう。


 しかし、2019年1月に大腸がんを公表した阪神タイガースの原口文仁選手しかり、赤松選手はがんの早期発見を目指すための啓蒙活動を通し、自らの経験を糧に沢山の方に勇気を与えてきた選手でもあります。ユニフォームを脱いだ後の、赤松選手の回復と啓蒙活動についても引き続き応援していきたいですね。

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