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日ハムの実松一成が引退!松坂世代がまた1人ユニフォームを脱ぐことに・・・

   

 若いキャッチャーの多い北海道日本ハムファイターズにおいて、ベテランとしてチームを支えてきた実松一成選手。松阪世代の1人として、21年の長きに渡って活躍をしてきました。

 しかし、2019年シーズン限りで引退することになりました。今回はそんな彼について、詳しくご紹介していきます。

プロフィール

生年月日:1981年1月18日
出身地:佐賀県佐賀市
利き腕:右投げ右打ち
ポジション:野手(主に捕手)


 佐賀学園高校時代には、高校通算39本のホームランを放ち、高校屈指の捕手とも呼ばれていました。また、3年生の時に夏の甲子園に出場。3回戦まで進みました。

 その後、AAAアジア野球選手権では全日本代表としても選ばれ、平成の怪物と呼ばれた松坂大輔投手とバッテリーを組みました。そして1998年秋のドラフト会議で、松坂投手のハズレ1位として日本ハムファイターズに入団しました。

 3年目の2001年途中から一軍出場の機会を増やし始めると、4年目の2002年には開幕スタメンの座を掴みました。そして2006年、開幕直前の3月24日に交換トレードで読売ジャイアンツに移籍

 当時のジャイアンツには、絶対的な正捕手として阿部慎之助選手がいました。その控え捕手という形ではありましたが、2017年まで陰でチームを支えました。

 しかし、そのシーズン終了後に戦力外通告。その後、12月4日に古巣のファイターズが二軍育成コーチ兼キャッチャーとして、獲得したことを発表しました。

現役引退へ・・・

 古巣に復帰した2018年からは、二軍の育成コーチ兼キャッチャーという肩書であったため、その後2年の一軍での出場試合数は6試合で打席に立ったのは1打席のみイースタン・リーグでも2年間で出場試合数の合計は17試合。それまでに比べると減少してはいました。

 しかしそれでも、2019年は開幕1軍のメンバー入りを果たすと開幕2戦目の3月30日、本拠地の札幌ドームでのオリックスバファローズ戦で二盗を阻止して3年ぶりの盗塁刺も記録しました。しかし9月17日、鎌ケ谷で行われたイースタン・リーグのヤクルトスワローズ戦の終了後、2019年限りで引退することを発表。

 その理由について「素直にやりきった」ことをまず語り、身体の回復力や自分自身のパフォーマンスが落ちてきて、試合に入りにくくなり、自分の限界を感じたことを挙げました。かつてファイターズは現在の北海道ではなく、ジャイアンツと共に東京ドームを本拠地として使用していました。

 この時代を知っている選手は2003年までに入団した選手であり、実松選手はそのうちの数少ない1人でした。これでその東京時代を知る現役選手は、同じキャッチャーの鶴岡慎也選手ただ1人となりました。また、1981年の早生まれである実松選手。

 つまり多くの選手が後にプロ入りし高いレベルで活躍した、いわゆる松阪世代の1人(1980年度生まれ)でした。この松阪世代の中では、既に広島カープの永川勝浩投手、ヤクルトスワローズの館山昌平投手が同じく2019年限りでの引退を発表しています。

これにより、残すこの世代のプロ野球選手は7人となります。実松選手はファイターズに在籍した年数は合計9年間であり、現役生活21年の半分にも達していません。

 更にその中での通算出場試合数も、304試合とそれ程多い数ではありませんした。しかし、厚い人望があった彼に対し、9月26日のオリックスバファローズ戦で引退セレモニーを行うことを球団が発表しています。

まとめ

 いかがでしたか?「サネさん」の愛称で仲間からも親しまれ、特に若手の選手に対しては同じキャッチャーのみならず、ピッチャーとしても的確な助言を送ることも多く、若手の模範となり続けていました。

 またデイゲームの時には、7時頃ととても早くグラウンドに姿を見せていました、それはコーチを兼任するようになっても変わらず、「準備の男」としても広く知られていました。

 2020年以降の去就は9月時点で未定となっています。しかしそういった姿を考えれば、球団は指導者のポストを用意する可能性が十分にあるでしょう。

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