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大石達也が戦力外→引退へ!これまでの成績がこちら・・・

   

 2010年、ハンカチ王子こと現日本ハムファイターズ斎藤佑樹投手と同じ世代のドラフト会議で、6球団が競合した末に西武ライオンズへ1位入団プロ9年目を迎えていた大石達也投手が戦力外通告を受け引退

 2019年でユニフォームを脱ぐ決意をしました。早稲田大学時代には、斎藤佑樹投手や福井優也投手と並んで六大学野球界を賑わせたした大石投手の、これまでの活躍から引退までをご紹介します。

アマチュア時代の活躍

 大石投手は1988年10月10日、福岡県太宰府市出身。小学校2年生からソフトボールを始め、中学時代には投手と外野を兼任していました。

 福岡大大濠高校で、2年生の秋から投手に専念すると頭角を現し始めます。甲子園出場こそ逃したものの、最速145キロの九州屈指の右腕として注目されました。


 その後、早稲田大学に進学。リーグ戦60試合に登板し、10勝4敗、防御率1.63、ベストナインも獲得しています。特にリリーフピッチャーとして、短いイニングで全力投球するスタイルになってから球威が大幅に増していきました。

 特筆すべきは4年生の時にマークした自己最速155キロと、世界大学野球選手権でアメリカ代表のクリーンナップから3者連続三振を奪った活躍です。2010年のドラフト会議では6球団の競合となった末、埼玉西武ライオンズに1位入団。大学野球界屈指の怪物投手でした。

これまでの主な成績

 ライオンズに入団してから、1年目となる2011年は当時チームの監督だった渡辺久信さんの意向によって、大学時代に大きく成長するきっかけとなった抑えではなく、先発投手への転向を余儀なくされました。開幕一軍登録されるも、右肩の痛みから登板機会はないまま登録抹消。

 2012年はシーズン途中に一軍昇格し、リリーフとしての登板でプロ初勝利を記録。2013年は涌井秀章投手の先発復帰により抑えとして定着したものの、敗戦処理としての登板も立ち行かなくなるなど、調子を落としました。

 その後2014年は右肩痛に悩まされ、一軍での登板機会なし。2015年は一軍で3試合にのみ登板し、無失点。2016年はプロ野球タイとなる1イニング3暴投を記録するなど、コントロールで精彩を欠いたことも。2017年は20試合に登板し、2勝4ホールド。


 2018年は10試合に登板し防御率7.00、1勝2ホールドという成績。そして2019年は同球団がリーグ優勝を果たし2連覇を達成した中、僅か2試合の登板に留まり(勝ち負けなしの防御率15.43)、戦力外通告となりました。

 通算成績は132試合に登板、5勝6敗8セーブ、12ホールド。大学時代の抑えとしての実績とは裏腹に、しばらくは先発への転向を強いられながら、既に先発の層が厚かったことで登板機会に恵まれず、ずっと右肩痛にも悩まされ続けたというプロ野球人生。本人としては不本意だったかもしれません。

戦力外→引退へ・・・

 そんな大石投手が、2019年10月3日に球団から戦力外通告を言い渡されました。本人は「もう少しやれたかな」と少し悔しさをのぞかせました。

 球団事務所から出た後は、現役続行の道は考えていないこと、そしてプロでの9年間が今後の人生の中で良い経験になると思う、ということを淡々と語っています。

 今後は現役を引退した上で、2019年から新設された西武ライオンズの球団職員の仕事の1つ「ファーム・育成グループ」のスタッフとして、チームをサポートする役割で第二の人生を始める予定とのこと。現役時代の悔しさを、これからの人生で果たしていけると良いですね。

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