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宮川哲の出身高校、これまでの経歴まとめ!ドラフト1位で西武へ・・・

   

 大学4年の時に注目選手のとして名を連ねながらも、残念ながら指名漏れ。悔しさを胸に、社会人野球に進んだ宮川哲選手が2019年秋、ドラフト1位で西武から指名を受けました。これまでの活躍と軌跡をご紹介していきます。

出身高校はどこ?

生年月日:1995年10月10日
出身地:奈良県生駒市

 生駒市立生駒南中学時代は生駒ボーイズで外野手としてプレーしており、これから西武ライオンズでチームメイトになる森友哉選手(当時は投手)とも対戦していたそうです。ちなみに、三人兄弟いずれも野球をしていたとのこと。

 お兄さんは名門の智辯和歌山高校で、2年春から4季連続で甲子園に出場、弟さんも奈良大附属で甲子園に出ていますが、哲選手だけ兄弟の中で甲子園に出場した経験がありません。そんな彼の出身高校は、山形県の東海大山形です。この過去に甲子園に出場したこともある名門校です。

 3年の夏は背番号「18」を背負い、エース級の活躍をしたものの、結果は山形大会ベスト8でした。高校卒業後は上武大学に進学。ここでの野球人生は、彼の圧倒的な我慢強さを物語っています。

 「投げ過ぎと思ったことはない。大学時代、1週間に2,000球投げたこともある」という本人の言葉にも表れるようにとにかく人一倍タフであり、練習の鬼として知られていたのです。上武大での春のキャンプでは、300球以上×3日間、1日休みを挟んでまた同様のメニューをやっていたのだとか。

 それでも本人は、何の違和感も感じなかったと言います。とてつもなく頑丈で、抜群のスタミナを持っているようですね。

 大学時代は大学選手権、明治神宮大会ともに3度ずつしており、高校時代に甲子園を経験できなかった分を埋めるように、大学の大舞台で多くの経験を積みました。重そうな球を投げられる本格派のピッチャーとして、ドラフト上位指名候補のとして注目されるも、残念ながら指名漏れとなってしまいます。

東芝での活躍

 その後は東芝に就職し、そこの野球部に入ります。1年目から10試合(うち先発5試合)に登板。開幕2戦目のスポニチ・REX戦での救援登板が社会人野球デビュー。150キロの速球を駆使した力投を披露しました。

 夏の大会前に負った右腕の痛みを克服し、秋の選手権準々決勝となる広畑戦で2大大会デビューを飾ると、初回の1球目で自己最速を2キロ更新する152キロを投げ、白星を収めました。

 2年目の4月の四国大会で、自己最速の153キロを計測すると、日米13球団が視察に訪れた翌5月の都市対抗野球の予選、MHPS戦にてさらに自己最速となる154キロを計測。

 このようにどんどんと自己最速を更新して好投を続けた陰には、社会人野球の東芝に入ってから投球フォームの修正に特に力を入れたことが要因として挙げられるでしょう。大学時代からパワーを感じる投球が魅力だった一方、コントロールのバラつきが課題でした。それを社会人野球の中で克服していったのです。

 都市対抗の本大会で東芝は2年ぶりに4強入りを果たしましたが、宮川投手自身は防御率3.72と納得いく成績が残せませんでした。3回戦のJR東北戦、準決勝でのJFE東戦での先発を務め、2本塁打と6四死球を許しています。しかしその一方で、この2試合であわせて11奪三振を記録しています。

 最速154キロの本格派右腕であり、その風貌は巨人の澤村拓一投手のようだと言われています。常に140キロ中盤〜150キロ前後を計測する伸びのある直球と縦のスライダー、カットボール、フォーク、カーブなど、多彩な変化球を操ります。

ドラフト1位で西武へ

 2017年に上位指名確実と言われながら指名漏れした大学時代の雪辱を晴らすように、2019年のドラフトでは西武ライオンズから堂々1位の指名を受けた宮川選手。なお、2019年10月末に行われた「第45回社会人野球日本選手権大会」での王子戦は、2019年の都市対抗で4強入りしていた東芝が1-5で逆転負けしました。


 3番手として登板した宮川投手も6回から2回2/3を投げて2失点。今季のチームを支えた大投手でありながら、最後の大会は残念な結果に終わっています。試合を視察していた潮崎哲也編成グループディレクターは、次のようにコメントしています

 「リリーフだと力んでしまうのかな?先発の方が色んな変化球も使えるしらしさが出る。でも(先発も救援も)どちらもできると思っている」最速154キロの直球に加え、多彩な変化球を操る宮川投手が、パリーグ連覇を果たした西武ライオンズにどのような化学変化を起こすのか楽しみですね。

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