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成瀬善久の現在!戦力外後、BC栃木へ・・・

   

 高校時代はあの横浜高校で甲子園準優勝。その後入団した千葉ロッテマリーンズでは4年連続二桁勝利を収めるなど、球界を代表するサウスポーとして名を馳せた成瀬善久投手

 しかし年齢を重ねる中で、移籍したヤクルトやオリックスでは思うような成績を残せずにいました・・・。そんな彼が2019年、BCリーグ栃木への入団が決まったようです。

プロフィール

【生年月日】1985年10月13日
【出身地】栃木県
【身長】180cm
【ポジション】
【投打】右投げ/右打ち
【所属チーム】栃木ゴールデンブレーブス


 中学時代、全国中学校軟式野球大会で1試合16奪三振と毎回奪三振の大会記録を樹立するなどして一躍有名になり、名門の横浜高校へ進学。エースとして活躍し、選抜甲子園では準優勝も経験しています。

 2003年のドラフトで、千葉ロッテマリーンズから6巡目指名を受けて入団。3年目の2006年に一軍へ昇格し、横浜ベイスターズ戦でプロ初登板初先発初勝利を挙げ、先発ローテーションに定着。

 2007年は16勝1敗、防御率1.81を記録。2008年の北京オリンピックでは大会通算19奪三振で奪三振王となり、2009年はチーム最多の11勝で推定年俸が1億円に到達。

 その後も2010年13勝、2011年10勝、2012年も12勝と4年連続で二桁勝利を納めていました。国内FA宣言を経て、2014年11月にヤクルトスワローズと契約。

 成瀬選手は元々、多くの勝ち星を積み重ねる一方で、本塁打を多く打たれることでも有名でした。年齢を重ねるに従ってこの弱点がより浮き彫りになり、ヤクルト移籍後にリーグワースト2位の被本塁打を浴びます。

 3年契約の最終年となった2017年は、左内転筋の肉離れによって登板数が限定され勝利なし。2018年は一軍公式戦での登板がなく、球団から戦力外通告を受けました。2019年はオリックス・バファローズと契約していましたが一軍で結果を残せず、僅か1シーズンで再び戦力外通告を受けました。

戦力外後、BC栃木に入団

 2018年にヤクルトから戦力外となった際、彼がロッテ時代に監督を務めていたオリックスの西村徳文監督が獲得に乗り気でした。そして、本人の希望であったNPBでのプレー続行の意思が尊重される形で、オリックスへの入団が決まったのです。

 しかし一方で2018年のトライアウト直後、独立リーグのベースボール・チャレンジ・リーグ(以下BCリーグ)で、彼の地元球団でもある栃木ゴールデンプレーブスからもオファーがあったのです。そのオファーは、ヤクルト時代にチームメイトで同郷の飯原誉士選手を通じてのもので、一度は入団するか悩んでいました。

 そんな中、オリックスは2019年10月2日に契約を結ばないことを通知。2019年は6試合に登板し0勝1敗、防御率は7・32という成績でした。また、通算100勝まであと4勝にまで迫っていましたが、12球団合同トライアウトの受験は見送ることを決断。


 「一つの通過点ではあった。できる限りやりたかったけどしょうがない。入るものもいれば、去る者もいる。(今後は)家族と話して考えたい」と報道陣の取材に対して語っています。そして最終的に、2018年に声をかけられていたルートインBCリーグ栃木へ入団することが、11月15日に明らかに。

 BC栃木にはロッテ時代にチームメイトだった、西岡剛選手もNPB復帰を目指して在籍しています。かつてロッテの日本一に大きく貢献した、エースとリードオフマンが再び共演するかもしれません。

 トライアウトに参加しなかった成瀬投手は自主トレに励んでおり、「ぼろぼろになるまでやる。来年、体が動かないことがないように」と決意を口にしています。そして12月3日、正式に投手兼任コーチとして入団することが発表されました。

まとめ

 いかがでしたか?2007年には最優秀防御率と最優秀投手(勝率1位)の二冠に輝き、一時期は毎年のように二桁勝利を記録していた成瀬投手。

 100勝まであと4勝にまで迫る通算96勝を挙げていた左腕ですが、近年は思うような結果を残せずにいました。ここから独立リーグでの再起に期待したいですね!

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