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甲子園の試合中に流血沙汰、救急車出動にまでなったアクシデント5選!

   

2022年3月に春のセンバツ甲子園が開催されますが、高校球児たちの試合に関係なく、野球はラグビーやアメリカンフットボールなどに比べれば、派手な接触の少ない安全なスポーツだという印象を抱く人が多いと思います。

しかし、高校野球の世界で思わぬ危険が露呈したことがありました。

高校野球といえば、プロと同じ硬式のボールを使用し、金属バットに加えて歯が金属のスパイクを使用します。

これらは時に、凶器と化すこともあるのです。

そして、高校生ともなれば投手が投げる球速も130〜140km/h台、いわゆるプロのスカウトも注目する超高校級の選手ともなると、150km/h以上とプロ顔負けの球速を出す選手もいます。

プロでも使用されるあの硬いボールが、140km/h前後の速度で体に迫り、当たった時のボールとの接触面にかかる圧力。

そして、その球を金属バットで打ち返した時のライナーのスピード。

陸上の選手にも負けない速さで走る選手が、スライディングした時にスパイクの裏の金属がこちらに迫り来る感覚。

想像しただけでも、恐怖を覚えるのではないでしょうか?

実際に、死亡事故につながることもあるのです。

そこで今回は、高校野球の試合中に起きた大怪我にまつわるハプニングをいくつか紹介していきます。

打球を受けて一時心停止

2007年4月30日。

春季大阪地区予選、飛翔館高校と桜宮高校との試合中の出来事です。

3回、飛翔館の上野貴寛投手が強烈なライナーを左胸に受け、倒れ込みます。

会場は騒然となり、応援に来ていた父親も「もうダメだと思った」と語るほどでした。

倒れ込んで動かない上野投手は呼吸も止まり、体も冷たくなっていました。

そんな中、上野投手の処置のために駆け寄ったのは、たまたま観客の中にいた救急救命士。

AEDを使って心肺蘇生を行い、上野投手は息を吹き返したのです。

その後救急車で搬送されたのですが、医師からは「生きているのは奇跡」と言われたそうです。

上野投手はその後、1ヶ月間練習を休養したものの、夏の甲子園予選には出場したのでした。

日本では2004年頃からAEDが導入され始め、急速に普及していきました。

とはいえ、まだまだ導入され始めたAEDを扱える人が少なかったこの頃、救急救命士が球場内にいたというのは本当に幸運でした。

胸部にデッドボールで死亡

1951年(昭和26年)秋、九州地区大会の準決勝でのこと。

長崎商業と常盤高校の試合は両チーム無得点のまま7回、長崎商業の攻撃。

8番の吉松選手の打席の時に事故は起きました。

常盤高校の投手は、剛腕で当時名を馳せていたサイドスローの白藤投手。

初球、白藤投手は打ち気の姿勢だった吉松投手のインコース高めの厳しいところに、得意のシュートボールを投げました。

しかしこの時、球場にいた記者もスタンドの観衆も「あっ危ない」と思わず目をつぶりました。

次の瞬間、死球を受けた吉松選手は大きくよろめきました。

それでも2歩3歩、一塁ベースに向かって歩きかけたものの、そこでバタリと倒れてしまいます。

白藤投手や長崎商業のナインが飛び出し、総立ちとなった観衆でしたが、吉松選手はバットを握りしめたまま息を引き取りました。

デッドボールは「死球」と表記されますが、文字通りの死球となってしまったのです。

試合はそのまま続けられ、吉松選手を擁していた長崎商業が1対0で勝ちましたが、長崎商業はその次の試合を棄権することになりました。

そして、悲劇はさらに続きます。

吉松選手にデッドボールを与えた白藤投手は卒業後、社会人で野球を続けていましたが、ある日線路に飛び込んで吉松選手の後を追うように20歳で息を引き取ってしまいました。

頭部にデッドボールで死亡

2018年の秋、2019年春のセンバツ高校野球で21世紀枠の候補に推薦されていた熊本西高校が練習試合をしていた時のこと。

打席には、篠田大志選手が立っていました。

篠田選手は入学してすぐに頭角を表し、2年生の中でも特に期待されていた選手でした。

そんな中、相手投手が投げたボールがインコース高めへ。

ボールはヘルメットを被った左側頭部から後頭部にかけて直撃。

すぐさま篠田選手はその場に倒れ込み、意識もなくなりました。

すぐに心臓マッサージが施され、救急車で搬送されましたが、デッドボールを受けてから20時間後に外傷性くも膜下出血のため、還らぬ人となってしまいました。

ヘルメットを被っていても140km/h前後の速度で硬球があたると、命を落としてしまう危険があるのです。

走塁後に流血退場

2015年の第97回夏の甲子園4日目、中越高校と滝川第二高校の試合でのこと。

一死一、三塁で打者が二ゴロを打ち、二塁手はダブルプレーを狙いました。

二塁手から二塁ベースにいた遊撃手に送球され、二塁アウト。

ダブルプレーを狙い、一塁に送球しようとした時に事故は起こりました。

遊撃手からの送球を至近距離で顔面に受けた滝川第二の一塁走者、山名大夢選手はそのままグラウンドへ倒れこみ、額から血が滴っているのがテレビ画面上でもハッキリと映っていました。

ほどなくして山名選手は担架で運ばれ、球場内にはドクターが駆け付けて甲子園は一時騒然。

山名選手は「右側頭部挫創」で目の上を5針縫ったものの、脳に異常はありませんでした。

試合は山名選手擁する滝川第二が、サヨナラ勝ちで3年ぶりの夏初戦突破を飾るのでした。

ただ、事故が起きたシーンについて、その後様々な憶測が飛び交うことに。

送球を顔面に受けた山名選手について、「あの場面でスライディングをしなかったのは『守備妨害』と判定されてもおかしくない」といった声もありました。

二塁でアウトになったものの、一塁をセーフにさせるために故意に思われないギリギリのラインで妨害をするケースが、野球にはしばしば見受けられます。

わざと大きく砂煙が上がるようなスライディングをして相手選手の視界を塞いだり、相手選手に故意と思われないようにぶつかったり、ボールが一塁に投げられるコースに、スライディングしながら手を挙げたりなどです。

こうした行為を審判に故意にやったと判断されると、守備妨害を宣告されて自動的にアウトカウントが1つ増えます。

担架で運ばれた山名選手には、球場では拍手が巻き起こりましたが、一部守備妨害を疑う声も上がっていたようです。

急性外傷が多いポジション

野球には9つのポジションがありますが、その中でも特に怪我の危険性が高いポジションは、捕手ではないでしょうか?

それは捕手だけ、ヘルメット、マスク、プロテクター、レガースという重装備をしていることからも想像に難くないでしょう。

今でこそコリジョンルールが適用されるようになりましたが、昔はバックホームでの接触プレーの際にわざとランナーが体当たりをしてきたり、それを防ぐために体でブロックしたりと、点が入るか否かという局面でのヒヤッとするシーンが多々見受けられました。

そのほかにも、投手の速いボールが手元でワンバウンドした時には、体を張って止めに行く必要があります。

間近にいるバッターが打ったファウルチップが、体に飛んでくることもあります。

そんな中、2017年秋の明治神宮大会第1日目、日本航空石川と日大三高の試合の時にアクシデントは発生しました。

同点で迎えた9回裏。

日本航空石川高校は、二死一、二塁でサヨナラのチャンスを迎えていました。

そこで7番打者が右前へ浅い打球を放ちます。

走者はホームに向かい、右翼手の選手がホームへ送球。

捕手の捕球が早く、タイミングは完全にアウトでした。

しかし、接触プレーで走者の上田優弥選手のスライディングにより、彼の左膝が日大三高の捕手、斎藤龍二選手の胸を強打。

斎藤選手はその場に倒れ込みました。

結果的に捕手が接触プレー後にボールを落としていたことから最初、球審がセーフと判定。

これにヤジと怒号が飛び交い、スタンドは一時騒然。

その後、ランナーの上田選手は危険な走塁だったとして守備妨害を宣告され、アウトの判定に覆りました。

このプレーについて日大三高の小倉監督は、「絶対に許さない。一歩間違えたら死に至っていたかもしれない」と日本航空側に対して怒りを露わにするのでした。

上田選手と斎藤選手はのちに夏の甲子園で再会。お互いに謝罪して和解することができたのでした。

まとめ

いかがでしたか?

スポーツに怪我はつきものです。

ましてや、真剣勝負の世界ともなればプレーする側も必死になります。

その必死さが、時にアクシデントを生んでしまうことも…。

場合によっては、命を落とすことにもなりかねないのです。

「スキルが高いほど怪我が少なく、スキルが低いほど怪我が増える」

という言葉もありますが、スキルが上がるということはそれだけ球速や打球のスピードも速くなるとも言えます。

物理的ダメージも大きくなるということです。

そのことを忘れずに、これ以上不幸なことが起こらないように、より野球が安全にできるようにしていきたいですね。

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