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イチローがプロ野球選手の中で尊敬する数少ない人物がこちら・・・

   

日本のみならず、野球で世界を魅了したあのイチロー選手は、かつてこんなことを言ったそうです。

「プロ野球界で尊敬できる人はほとんどいない」

野球好きにとって、プロの世界で活躍する人たちはみんな尊敬したくなるような人たちばかりだと思いますが、イチロー選手にとってはそうでもなかったようです。

しかしそんなイチロー選手にも、プロの世界で尊敬した人は少なからずいたそうです。

物議を醸し出しそうな発言をしたイチロー選手があげた、数少ないプロ野球界で尊敬できるという人物についてご紹介していきます。

イチローが尊敬する人

イチロー選手がプロ野球界で尊敬する数少ない人物、それは当時オリックス・ブルーウェーブに在籍していた時に、イチロー選手のことを見出した仰木彬監督です。

イチロー選手は1991年、ドラフト4位でオリックスに入団しました。

当時は打撃こそ光るものがあったものの、即戦力としては見られておらず、じっくり育てれば3年後くらいに面白いことになるのでは、と評価されていた選手でした。

一方でイチロー選手の地元がホームである中日ドラゴンズは、「体格が物足りない」という理由から指名しませんでした。

そのほかの10球団もイチロー選手には興味を示さず、オリックスのみが彼をドラフトで指名したのです。

のちに世界的な野球選手になったイチロー選手ですが、最初の頃はそれほど注目されませんでした。

そんなイチロー選手の入団3年目、1994年に仰木さんが監督に就任。

この年イチロー選手は、公式戦が開幕する直前の4月7日に、登録名を本名の「鈴木一朗」から「イチロー」に変更します。

日本人選手としては初めて、名字を除いた名前での選手名登録でした。

仰木監督は、イチロー選手の類い稀な打撃センスを見抜くと即座に一軍に呼び、2番打者に抜擢します。

今でこそイチロー選手の代名詞となった『振り子打法』も、当時は修正するように指導されていたようです。

しかし、仰木監督は当時非常識だと言われていた『振り子打法』も認め、磨きをかけるように指導。

すると、イチロー選手は活躍し始めます。

4月末から1番打者に定着し、5〜8月にかけて日本プロ野球新記録となる69試合連続出塁を記録。

9月11日には日本プロ野球タイ記録の1試合4二塁打を記録すると同時に、1950年に藤村富美男さんが作ったシーズン最多安打記録191本に並びます。

次の試合でシーズン最多安打記録を44年ぶりに更新し、同月の122試合目には日本プロ野球史上初となるシーズン200本安打の偉業を達成します。

数々の記録を塗り替えていくイチロー選手。

最終的に安打数も当時の日本プロ野球記録で、現球団記録の210本まで伸ばしました。

打率では、日本プロ野球史上初の4割打者誕生はならなかったものの、最終的にはパ・リーグ新記録となる.385で首位打者になったのです。

仰木監督の大抜擢に、イチロー選手は見事応えてみせるどころか、若くしてとんでもない偉業を達成してしまったのでした。

チームの方も前年までは不振に喘いでいましたが、イチロー選手の活躍に呼応するようにチーム状態も上向いてき、1994年はリーグ2位。

そして翌年、オリックスの本拠地がある神戸は阪神・淡路大震災で甚大な被害を受けながらも懸命に戦いぬき、ついにパ・リーグ優勝を果たすのでした。

イチロー選手が在籍していた時代は、オリックスの黄金時代とも言われています。

自らの才能を見出してくれた仰木監督を、イチロー選手はプロで尊敬する数少ない人物としてあげています。

王貞治とイチロー

もう1人、イチロー選手が野球界で尊敬できる人物を挙げたことがあります。

それは、世界で最も多くのホームランを放ち、日本代表の監督として日本を世界一に導いた王貞治さんです。

2019年、現役を引退して1ヶ月ほど経った頃。

イチロー選手は、地元である愛知県の豊山町で開催された「イチロー杯争奪学童軟式野球大会」の閉会式に出席。

その時子供たちからの質問で、憧れの人物としてソフトバンクの王貞治球団会長の名前を挙げたのです。

「誰もが憧れる野球選手。人間としても憧れる野球界の先輩は王監督です。王監督に会った人たちは皆好きになる。僕に会った人は嫌いになる人も結構いる」と語りました。

イチロー選手との直接的な出会いは、2006年に開催された第一回WBCです。

王監督はイチロー選手をはじめ、日本の選りすぐりのメンバーの指揮をとりました。

その大会で韓国戦に敗退した日のミーティングの時に、今までのこと・ミーティング中のこと・選手時代の活躍より人柄のこと。

イチロー選手は代表して王監督に対して、「僕らに気を使わないで下さい。みんな監督についていきます。」と言ったそうです。

チームの中心選手だったイチロー選手をはじめ、他の選手たちにもそのように言わせる王監督の魅力があったからこそ、日本は優勝できたのかもしれません。

また、王監督は優勝が決定した後に二人きりの時、イチロー選手に「ありがとう、君のおかげだ。」と言ったそうです。

そう言われたイチロー選手は、何よりも嬉しかったと語っています。

また、その一言ですべてが報われた気がしたと話しています。

テレビからではわからない、多くの重荷を背負って戦ったイチロー選手。

それを十分過ぎるほど理解していた王監督。

数少ない言葉の中に、2人の人柄がとても伝わる内容ですね。

また王監督は、大会前の記者会見でアメリカの記者から国籍について質問されたことがありました。

どういう意図でその質問をしたかは分かりませんが、日本では間違いなくタブーの質問です。

そこで王監督は、「国籍は中国だが、日本人としてこの大会に臨む。」そうきっぱり言ったそうです。

日本への思い、野球への想い、王さんの人柄。

すべてがこの一言に詰まっているといえるでしょう。

イチロー選手が言った通り、こんな人物と出会ったらみんな好きになる気がしました。

まとめ

いかがでしたか?

兼ねてからメディア嫌いと言われていたイチロー選手は、時に物議を醸すような発言も多くしてきました。

「プロ野球界に尊敬できる人はほとんどいない」という発言も、それにあたるでしょう。

そんな中でイチロー選手があげた、2人の尊敬できるプロ野球界の人物。

彼自身、世界に誇る素晴らしい野球の技術でファンを魅了しましたが、そんな彼は技術面ではなく人柄や恩義、そして人としての魅力について尊敬する人と語っているのではないでしょうか?

私達にとっては、自分は嫌われやすいと話しているイチロー選手もとても魅力があり、そして人間的にも尊敬できるプレーヤーのような気がします。

やはり、イチロー選手の話すことにも心惹かれますね。

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