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野村克也と新庄剛志ビッグボスの知られざるエピソード→まさかの投手挑戦!?

   

2022年より、日本ハムファイターズの監督に就任した新庄剛志さん。

彼は現役時代、阪神タイガースに在籍していた時に、あの野村克也監督のもとで2年間プレーしていたことがありました。

なんとその時には、投手を経験したこともあるのです。

新庄選手といえば、敬遠球を強引に打ってチームをサヨナラ勝ちに導いたり、華麗な守備と強肩でファンを魅了したりしましたが、あの大谷翔平選手のような二刀流に挑戦した時期があったことをご存知でしょうか?

実際にオープン戦で登板もしており、球速は145キロをマークしたりもしたのです。

そしてこの投手の挑戦は、他ならぬ野村監督からのすすめだったのです。

当時の新庄選手は、守備はもちろんのこと、打撃の方でも20本塁打をマークするなど、野手として十分に活躍していました。

にもかかわらず、野村監督はなぜ新庄選手に投手をやるようにすすめたのでしょうか?

野村監督と新庄選手の、知られざる深い絆に迫っていきます。

敵同士から師弟関係へ

新庄選手は、1989年にドラフト5位で阪神タイガースに入団しました。

1992年には、当時野村監督が率いていたヤクルトスワローズと優勝争いをする中で、チームメートの亀山努選手と共に、いわゆる「亀新フィーバー」を巻き起こす大活躍をしました。

当時は敵チームの監督だった野村監督からも、新庄選手のバッティングは高く評価されていました。

1992年シーズンは最終的にヤクルトが優勝し、阪神は2位に終わったものの、その年の新庄選手の活躍はプロ野球ファンのみならず、敵将でのちに師弟関係にもなる野村監督にも大きな印象を残したことでしょう。

そして1998年、野村監督がそんな新庄選手も在籍している阪神の監督に就任。

当時新庄選手は、一見すると天才肌の選手のようにも見え、「ID野球」と呼ばれた頭を使う野村監督の野球スタイルとは毛色が違うとみられていました。

しかし、新庄選手は自身のことを「考えて行動するタイプ」と述べており、その華やかなプレースタイルには、考え抜かれた野球理論があったようです。

結果的に野村監督の野球とは相性抜群だったようで、野村監督は新庄選手をとても可愛がっていました。

野村監督が残した言葉の中に、「三流は無視、二流は称賛、一流は批難」という名言がありますが、野村監督に可愛がられた新庄選手はこの名言には当てはまらなかったようです。

野村監督は新志選手の野球に対する素質を認め、阪神の中心選手になってもらいたいと考えていましたが、新庄選手と接する際に批難は逆効果だと考え、一流選手ながらも称賛を惜しまなかったようです。

その結果、新庄選手は野村政権のもとで2000年には本塁打28本、打率2割7分8厘という素晴らしい成績を残し、2001年にはメジャーリーグに挑戦するまでになりました。

新庄、投手挑戦!?

プロ野球に進んでくる選手は、アマチュア時代にエースで4番を努めるような、まさにチームの中心選手を務めていたような人ばかりです。

あのイチロー選手も、高校生の頃は打者としてだけではなく、投手としても高く評価されていました。

しかし、プロのような厳しい世界になるとそう簡単にはいかず、ずっとエースで4番しか務めたことがないような選手も、投手専門になるか別のポジションにコンバートされて野手になるか、選択を迫られることがほとんどです。

だからこそ、大谷翔平選手の二刀流の凄さが際立つことになるのです。

そんな中で野村監督は新庄選手に対し、極力自由に活躍させようとしたようです。

そこで彼に希望ポジションを聞いてみたところ、当時外野手だった新庄選手はピッチャーと答えました。

すると野村監督は、投手をやるよう指示したのです。

これは、投手の立場から打者としての新庄選手を知ることが狙いだったそうです。

新庄選手は初球から積極的にフルスイングしていくのが特徴でしたが、そういう打者に対して投手の視点に立った時、どんな配球で抑えれば良いのか考えるようになることで投手心理を学べるようになり、新庄選手が打者としてスキルアップできると考えたのでしょう。

新庄選手の投手挑戦はオープン戦で登板した2試合に終わりましたが、その後の打者としてのさらなる活躍を見ると、この時の投手挑戦はとても有意義なものだったと言えそうです。

ビッグボス誕生

時は流れ、2022年より新庄さんがかつて所属していた、日本ハムファイターズの監督に就任することが決まりました。

就任会見では自らを「ビッグボス」と称し、2021年の秋季キャンプからその独特な指導法が話題になりました。

すでに、阪神時代に選手と監督として共に戦った野村監督は亡くなりましたが、彼の仏壇に「大きな空から僕の采配、選手教育を見届けて下さい」などと記した手紙を1枚置いていく形で、野村監督に自身の監督就任を報告したようです。

新庄ビッグボスは野村監督の考えをインプットし、野村ID野球をファイターズの中でも実践していくと明言しています。

頭の良い新庄ビッグボスを通し、さらに頭の良い野村監督の頭脳もファイターズに浸透することが期待され、大いに頭を使った野球が展開されそうです。

また新庄ビッグボスは、時には初球からフルスイングしていくような豪快な采配や、自身の投手経験をも活かした、打者心理をつかんだ投手目線の采配も期待されており、他のチームにとっても要注目となりそうです。

野村監督からも見守られる中、新庄ビッグボスらしさを全開に出すことが、何よりの野村監督への恩返しになるでしょう。

そして、かつて野村監督と新庄選手が師弟関係であったように、新庄ビッグボスと強い師弟関係を結ぶような選手があらわれ、活躍することにも期待したいですね。

まとめ

かつて監督と選手という間柄だった野村克也監督と新庄剛志ビッグボス。

それまでの野村ID野球では考えられなかったであろう、新庄選手の投手挑戦は、その後の新庄選手の現役生活において良い影響を及ぼしたようです。

そして時代は流れ、とうとう新庄ビッグボスとして、ノムさんのように選手を従えてチームを指揮する立場になりました。

新庄ビッグボスが野村ID野球やメジャーリーグなどで培った野球観を、どう日本ハムファイターズに還元させていくのか楽しみですね。

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