清原和博が藪恵壹に激怒した理由!「これで3回目や!あのボケだけはもう許さへん」
巨人に在籍していた清原和博さんと阪神に在籍していた藪恵壹さんは、チームのライバル関係もあって当時大きな盛り上がりを見せていました。
エース対パワーヒッターという関係もありながら、インコースを怯まず攻める藪さんとそれに逃げない清原さんという関係にも、熱烈なファンが多くいました。
藪恵壹と清原和博
藪恵壹さんは高校を卒業した後、1年間の浪人を経て一般入試で東京経済大学に進学。大学を卒業した後は朝日生命でプレーし、在職時は営業成績もとてもよかったそうです。
93年にドラフト1位で阪神に入団し、エースナンバーである背番号「18」を与えられ、入団後は新人賞、3年連続二桁勝利など、エースとして活躍しました。
そしてメジャーリーグ挑戦のため、野球の本場アメリカに渡りアスレチックス、ロッキーズ、ジャイアンツ、ダイアモンドバックスなど、世界中にファンを持つ名チームを渡り歩きます。
引退後は古巣阪神のコーチに就任。
12年からは和田豊さんの監督就任に伴い、一軍コーチに昇格しました。
現在は小中学生に対して野球の指導をしたり、野球解説者などとして活動しています。
一方の清原さんといえば、桑田真澄さんとのKKコンビで甲子園で話題になり、鳴り物入りで西武に入団。
高卒1年目に叩き出した、打率.304、31HR、78打点、236塁打は高卒新人記録でもあり、現在も破られていません。
また、通算100号、150号、200号HRのそれぞれ最年少記録保持者でもあり、サヨナラ打20本、サヨナラHR12本、オールスター通算36打点、オールスターMVP7回獲得はそれぞれ最多記録保持者でもあります。
プロ入りから21年連続2桁HR、13年連続20HR以上というのは日本記録です。
この他にも、西武ライオンズでの四番出場数1121試合という球団記録を保持し、巨人在籍時に185HRを放ちましたが、これは移籍して入団した選手の中で最多記録です。
さらに通算196被死球、1,955三振もまた、いずれもNPB記録となっています。
まさに、記録にも記憶にも残る番長でした。
3度のデッドボールの後
「あのボケだけはもう許さへん。去年3度当てたときは『次やったらしばいたる』言うたが、今度は顏いがめたるや!」
なんとも恐ろしい剣幕でこう言い放ったのは、当時ジャイアンツに在籍していた清原和博さん。
その相手は、阪神の藪恵壹さんでした。
98年7月10日、東京ドームで行われた巨人対阪神戦。
5回裏、一死走者なしで清原さんを迎えた場面。
藪さんが投じた初球はインハイへの抜け球となり、清原さんの右人差し指をかすめました。
ただそれほど危ないボールとは言えず、藪さんも
「清原さんの弱点は内角ですから投げるしかない。あのくらいの球なら避けられるのでは」
と言っていました。
しかし清原さんの中には、「許せん」と怒る伏線がありました。
前年には3度死球を当てられ、3度目の時には指を3本突きだして、「これで3回や!」と威嚇。
それなのに反省もせず、と激怒したのです。
清原さんが二歩三歩と詰め寄り、何か叫ぶものの藪さんに謝罪のポーズはありませんでした。
そこから両軍飛び出して、あわや乱闘の騒ぎに。
結局、藪さんはこの1球でおかしくなったのか、この試合で敗戦投手になりましたが、清原さんは試合後もハイテンションで物騒な言葉を並べていました。
後日藪さんは、「内角は弱点ですから。清原さんなら避ける技術があると思いました」
と語っていたといいます。これを伝え聞いた清原さんは激高。
「避けられるって現に当たっとるやないか!」「今度きたら顔ゆがめたる」
と怒りを露わにするのでした。
20年後
『中居正広のプロ野球珍プレー好プレー大賞2018』に、藪さんがゲスト出演。
「乱闘被害者の会」として、現役時代に乱闘寸前となった清原さんとの対戦について語りました。
藪さんは97年の巨人戦で、清原さんに3度目となるデッドボールを当ててしまいます。
これに怒った清原さんはマウンドの藪さんに向かって3本指を立て、鬼の形相で3度目の死球であることをアピールしました。
これについて司会の中居さんから、「故意じゃないですか?」と問われ、
「恋でもなければ愛でもない」とダジャレをまじえて否定。
マウンドの藪さんに清原さんが3本の指を立てている映像の解説を求められると、
「3億もらっているよって言っているのかと」と笑わせるのでした。
清原さんとの対戦成績は通算打率.160と抑え込んでいた一方で、63打席で6つの死球を与えています。
番長と呼ばれていた清原さんに、一歩も引かず内角攻めを繰り返した藪さん。
その理由について、「捕手が要求するから仕方ない。当時の捕手は現在の矢野監督ですね」とし、
「コントロールがあまり良くなかった」と弁解しました。
番組に出演していた、現在ジャイアンツでヘッドコーチを務めている元木大介さんは当時の清原さんの様子を振り返り、
「もうけーへんやろ。あんだけ脅したら」と言っていたことを明かし、それでも死球を当ててくる藪さんに対して
「まだきよるぞ。あいつだけはやばい」と驚いていたとのこと。
ちなみに、12年に甲子園で行われた巨人と阪神のOB戦では、籔さんと矢野監督のバッテリーが清原さんと対戦することに。
お約束の乱闘劇を繰り広げ、ファンを盛り上げました。
まとめ
藪さんは引退後に激太りし、最大で117kgまで太ってしまいました。
しかし番組のダイエット企画で143日間のダイエットに挑戦し、100.7kgまで体重を減らすことに成功。
今後も健康に気をつけて、長生きしていってほしいですね。
一方の清原さんは、現在Youtubeチャンネル「清ちゃんスポーツ」の活動に力を入れており、登録者数も順調に伸びていて数多くの人に愛されています。
覚せい剤での逮捕や、重度の糖尿病を患うなど、多くの問題を抱え、一時は将来が危ぶまれましたが、独自の道を歩き始めているようです。
また、ここ最近刺青の除去を始めていることを自身のTwitterで発表。
医師からは痛みを伴わない手術を提案されたものの、痛みを感じながらの手術を希望したといいます。
その手術を通して清原さんは、「一歩踏み出せた気がする」とコメントしています。
いつか2人のコラボや対談が実現することに期待したいですね。