プロ野球データルーム

NPBの選手情報・年俸・背番号・FAなどストーブリーグ専門。オフシーズンの暇つぶしにどうぞ。

*

落合博満が見抜いたある人物の異変「下手したら試合どころじゃなかった」

   

野球というスポーツにとって、審判は選手と同じくらい大切な存在です。

一口に審判といってもさまざまな立場や役割がありますが、球審の場合は投手の投球に対する

「ストライク」や「ボール」の判定はもちろんのこと、一塁・三塁ベース前やファール地域においての「フェア」「ファール」、

「ヒット・バイ・ピッチ(死球)」の判定、さらに「インターフェア」、

得点したかどうかを見極める「スコア」「ノースコア」など、さまざまなプレーに対する判定を行います。

1試合で何百球という投球を判定し、集中力や体力を求められる責任重大なポジションと言っても過言ではありません。

そんな球審が体調不良で倒れることがあれば、試合は中止になるかもしれません。

ある日の試合で、実際に起きた球審の体調不良。

それを見抜いたのは、当時中日の監督だった落合博満さんでした。

球審の異変

10年4月27日、ナゴヤドームでその異変は発生しました。

中日ドラゴンズ対読売ジャイアンツ第4回戦において、審判員が試合中に交代するという異例の出来事があったのです。

2回裏、中日の攻撃を前にして森健次郎球審が退いて、名幸一明二塁塁審が球審に回り、控えの橘高淳審判員が二塁塁審に入りました。

実はこの交代劇には、森健次郎球審の体調不良があったのです。

この日、森球審は風邪による発熱と過換気症候群のため、一時的ではありますが体調が急激に悪化してしまいました。

これを見抜いた中日の落合監督は、森球審のもとに歩み寄り、交代を勧めたのです。

2回表、巨人の攻撃で先頭の藤井投手が遊ゴロに倒れたところでした。

落合監督は、

「あれはヘタしたらゲーム中に倒れている。それを見てやるのもオレらの仕事じゃないか。あそこで倒れて万が一、何かあったら中止になっているぞ。誰かが言ってやれば変わりやすいんじゃないの」

と語りました。

森球審は、引き上げる時には壁に手をつくようにしてゆっくりと引き上げていったといいます。

落合監督が球審の体調不良に気づかなければ、本当に大変なことになっていたかもしれません。

幸いなことにその後、森健次郎さんは短い休養を経て5月3日の巨人対ヤクルト戦で、無事二塁塁審として復帰しました。

木村拓也コーチ突然の死

異変といえば、同じ10年の4月2日にもありました。

マツダスタジアムで17:40頃、巨人は練習でシートノックを行なっていました。

その最中、コーチを務めていた木村拓也さんは本塁付近でボールを持ったままふらつき、意識を失って前のめりに倒れ込んでしまいました。

木村コーチはただちにその場で関係者や両チームの選手、救急隊によりAEDで蘇生処置を受けた後、広島大学病院に緊急搬送されました。

検査の結果くも膜下出血と診断され、そのまま入院となりましたが、懸命の治療もむなしく意識不明のまま、5日後の4月7日に入院先の病院で息を引き取りました。

清武英利球団代表の記者会見によると、

「搬送された時点ですでにレベル5の最悪の状態だった」ということでした。

木村コーチは広島入り直前から関係者に対して、

「ひどい頭痛に見舞われて2時間ぐらいしか眠れなかった」

「食べる量は変わらないのに痩せた」と話していたといいます。

38歳を迎えるはずだった誕生日の、わずか8日前に起こった不幸な出来事でした。

その後同じ4月に、先ほどご紹介した森球審の体調不良が発生するのですが、落合監督は木村コーチの一件から心の隅で不安視していたのかもしれません。

練習中と試合中の違いはありますが、普段から体調管理ができていても、いつもベストな体調で試合に臨めるものではありません。

プロ野球選手となれば、体調不良でも試合に臨まなければならない時もあるでしょう。

落合監督の

「それを見てやるのもオレらの仕事じゃないか」

という言葉にもあるように、周りのサポートも大切なことなのです。

森球審の異変を見抜いた落合監督には、称賛の声が多く届けられました。

佐々木朗希詰め寄り騒動

落合博満さんと球審といえば、22年4月24日のオリックス戦での佐々木朗希投手と白井一行球審の騒動について、落合さんが言及しています。

令和の怪物と言われるロッテの佐々木投手は、22年4月10日のオリックス戦で28年ぶりとなる完全試合を達成し、世間で大注目されました。

この日も野球ファンの注目が集まる中先発した佐々木投手ですが、問題となったのは2回裏。

佐々木投手が投げた外角低めの直球がボールと判定された場面です。

その判定に納得がいかなかったのか、佐々木投手は思わずマウンド前方へ2〜3歩進み、苦笑いを浮かべました。

すると、球審の白井さんがマスクを脱ぎ、険しい形相でマウンド上の佐々木投手に詰め寄ったのです。

佐々木投手の態度が、自身の判定に不服ありと見えたようです。

佐々木投手とバッテリーを組む、キャッチャーの松川虎生選手が仲裁し大事には至らなかったものの、あっという間に問題のシーンは拡散されてしまいました。

この騒動について落合博満さんは、

「白井審判の思い込みじゃないかな」と言い切りました。

「ストライク、ボールの判定で2〜3歩前に出てニヤッと笑った。バカにされたんじゃないのか、という思い込みが強かったんじゃないのかな」

と語り、白井球審に対しては「取るべき態度ではない」と言いました。

また、

「あの日の白井審判は、ストライクをボールと言ったケースが結構あったんだ」

と、相手のオリックスに対しても同じような判定があったことを解説した落合さん。

「毅然たる態度をとって、そこに居座ることが最善の策だったと思うよ。たったあのくらいでブチぎれちゃあ。試合を運んでいく審判にしたら、ちょっと短気すぎたんじゃないのかな」

と、白井球審の態度に疑問符を投げかけていました。

佐々木投手と白井球審との間で今後シコリが残るかという質問には、

「残るよ。時間がかかるんじゃないかな?現役を辞めるまで、いなくなるまで続く可能性はあるよ。人間執念深いもん」

と即答。

審判のジャッジがどれほど選手に影響を及ぼすのか、改めて考えさせられる一件でした。

まとめ

落合博満さんは、現役時代から変化を見抜く目を持っていたといいます。

ストライクとボールを見極める能力に長けており、見逃し三振をしたことがほとんどないのです。

落合さんは現役時代、前人未到である3度の三冠王を達成していますが、それもその目利きの力があってこそなせる技でした。

その『恐るべき目』は、落合さんが監督になった時にも発揮されました。

それが、10年4月27日のナゴヤドームでのことです。

この時、事情のわからない巨人の原辰徳監督は球審のところに飛んでいき、観客もわけがわからず球場は騒然となったといいます。

その時、なんと落合さんは森球審の体調不良を見抜き、交代を勧めていたのです。

落合さんは監督となってから、日頃から球場全体を見ながら試合を見てきており、どこか通常と違うところはないかと目を光らせてきたのです。

そんな日々の研究の中で、選手のフォームが普段と違うところはないか、故障していないかと選手たちの調子を確認していました。

その目が審判にも向けられていたからこそ、森球審の体調の変化を感じ取ることができたといいます。

時は経ち、22年の佐々木朗希投手への白井球審の詰め寄り騒動にもその眼力は向けられました。

「あの日の白井審判は、ストライクをボールと言ったケースが結構あったんだ」

と解説し、「取るべき態度ではない」と白井球審を一喝。

落合博満さんとは、恐るべき眼力と洞察力を備えた人物だったのです。

 - シーズン , , , ,