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千葉ロッテマリーンズ福浦和也の引退試合はどうなるかを徹底調査!

   

 プロ生活26年という、現役選手の中で2位以下を圧倒的に引き離してトップの在籍年数を誇り、年齢もパ・リーグ最年長。そんな千葉ロッテマリーンズの福浦和也選手が、引退を発表しました。彼のこれまでの功績を振り返りつつ、引退試合がどうなるかについても調べてみました。

プロフィール

 福浦選手は1975年12月14日に、千葉県習志野市で生まれました。高校は地元の習志野高校に進学し、最高成績は2年生の時の夏の千葉県大会ベスト8が最高で甲子園出場はなりませんでしたが、最速142km/hのストレートを投げる投手でありながら打者としての能力もあり、エースで4番としてチームを牽引しました。

 1993年のドラフト会議にて、地元の千葉ロッテマリーンズからドラフト7位指名を受け、入団が決まりました。しかし入団1年目から肩の故障に悩まされ、投球練習がほとんどできなかった中で当時の二軍打撃コーチであった山本功児氏に、同期入団の小野晋吾選手と共にフリーバッティングに呼び出され、快音を連発したことで打者転向を打診されました。

 当初は投手へのこだわりも強くしばらくは固辞していましたが、その後も山本コーチから説得を受け続け、7月に打者転向を決意しました。 2年目はイースタンリーグで月間MVPの獲得はあったものの、1軍の出場はならず。初の1軍出場は、4年目の1997年でした。

 このシーズン前の春季キャンプから当時の監督である近藤昭仁さんに目を掛けられており、7月5日に初めて一軍へと昇格。即日スタメンデビューしてプロ入り初安打も放ち、レギュラーに定着しました。翌5年目の1998年には、初めて規定打席にも到達しました。

 その後も活躍を見せ、2000年には初のオールスターゲーム出場。2001年には打率.346での初の首位打者獲得と初の2桁本塁打、2003年には初の全試合出場達成と初のゴールデングラブ賞獲得(2005,2007年にも獲得し、通算3回)。

 2006年には初の月間MVP獲得、2010年には指名打者部門で初のベストナイン獲得と様々な成績を残しました。2018年は開幕からシーズン途中まで一軍打撃コーチ、2019年は二軍打撃コーチを務めており、選手兼任コーチとして活躍をしております。

引退決意

 2018年にプロ野球史上52人目の通算2000本安打を達成して、名球会入りも果たすという偉業も達成した福浦選手。しかし、2019年のキャンプが間近に迫った1月に、この年限りでの引退を決意したことを表明しました。

 近年の出場試合数は以前と比べると減っていたものの、前年の2018シーズンは82試合に出場して196打席に立っており、2000本安打を達成した2018年9月22日の会見では、「来年もやるつもり」と明言していました。

 しかしながら、2019年シーズンの二軍打撃コーチ就任の際、球団側から「コーチが主になる」という話があったことで、福浦選手の中でも徐々にその気持ちが強くなっていたようです。

 事実、彼自身も若い選手を育てたいと様々な場所で語っています。また、マリーンズ一筋でプレーした福浦選手にとって、選手もコーチもというのは性に合わず、中途半端にしたくないという思いも引退決意の要因として推測されています。

引退試合はどうなる!?

 引退が明らかになったとなれば、ファンが気になるのは引退試合についてではないでしょうか?現時点で、球団側から実施するかしないかも含めて、公式な発表は出ていませんしかしながらロッテという球団は、引退試合に積極的な球団でもあります。

 2017年には、千葉ロッテマリーンズの生え抜き選手ではない、現一軍監督の井口資仁選手の時にも引退試合を行い、2018年にも9年でプロ生活を終えた、現栃木ゴールデンブレーブスの岡田幸文選手の引退試合も行っています。

 そんな中で、福浦選手は生まれも育ちも千葉県であり、さらに引退まで地元千葉を本拠地とするマリーンズ一筋という、最狭義の意味でのフランチャイズ・プレーヤーです。野球に限らずプロスポーツの世界で、戦力外やフリーエージェントの人的補償、選手分配ドラフトもある中で、同一チームで長く活動を続けるのは非常に困難なことです。

 事実入団から15年以上同一球団で過ごした選手は、12球団の中でわずか19人しかおりません。そして、入団前からその球団の所在地で過ごした選手は福浦選手のみです。如何に彼が稀有な存在であるかは、言うまでもないでしょう。そう考えると、引退試合はほぼ間違い無く行われるものと考えて良いでしょう。今後の球団からの発表に注目です。

まとめ

 福浦選手はプレーでも数々の実績を残してきましたが、それ以外にも様々な面で活動しております。児童福祉施設や特別支援学校の子供達の球場招待やシーズンオフの学校訪問。

 母の日に子供達が母親への感謝を伝える取り組み、自らがオーナーとなっての硬式野球チーム設立など、素晴らしい人格者でもあります。そのような選手の引退は寂しいですが、そんな彼だからこそできるコーチとしての指導を含めた他者への貢献を応援していきたいですね。

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