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元巨人のマギー、現在は引退したのかその後を調査!

   

 2018年まで、読売ジャイアンツで2シーズンに渡ってプレーしていたマギー選手。しかし、2019年は日本でプレーしていません。多くの野球ファンから愛され彼がその後どうなったのか、追ってみました。

プロフィール

本名:ケーシー・マイケル・マギー
生年月日:1982年10月12日(36歳)
出身地:アメリカ合衆国カリフォルニア州サンタクルーズ
利き腕:右投げ右打ち
ポジション:内野手

 2003年にシカゴ・カブスから10巡目でドラフト指名を受け、プロ入りをしました。その後、2008年9月1日に初めてメジャーに昇格し、翌2日のヒューストン・アストロズ戦でメジャーデビュー。そのシーズン終了後10月29日のウェーバー公示を経て、ミルウォーキー・ブルワーズへ移籍。

 この時に故障していた選手に代わる二塁手として抜擢され、シーズン途中には三塁手のポジションを奪い、9月にはメジャー全体で2位タイとなる月間26打点新人として球団タイ記録の1試合6打点なども記録して、月間最優秀新人選手にも選出されました。

 翌2010年も当時の球団記録となる104打点や、9打席連続安打といった様々な記録を達成し、地元記者が選ぶチームMVPも獲得しました。しかし2011年は不調に苦しみ、オフにはトレードでピッツバーグ・パイレーツへ移籍しました。

 その後、2012年にはこのパイレーツとニューヨーク・ヤンキースで、2013年は日本の東北楽天ゴールデンイーグルスで、2014年はマイアミ・マーリンズで、2015年はサンフランシスコ・ジャイアンツとマイアミ・マーリンズで、2016年はデトロイト・タイガースでプレーしました。

 そして、2017年と2018年は日本の読売ジャイアンツとアメリカで7球団、日本で2球団の計9球団を渡り歩きながらプレーしました。なお2013年のイーグルス時代には、主に5番打者としてチームでただ1人全試合に出場を果たし、最終的に打率.292、本塁打28本(パシフィック・リーグ第2位)、打点93(同4位)と言う成績で球団の史上初となる日本一に大きく貢献し、ベストナインにも選出をされました。

現在は現役引退!?

 読売ジャイアンツ時代の2017年には打率.315、本塁打18、打点77と言う成績を残したマギー選手。さらに、2006年に中日ドラゴンズの福留孝介選手が記録した、シーズン最多二塁打記録「47」を11年ぶりに更新し、「48」としました。

 翌2018年も打率こそ前年を下回る.285だったものの、本塁打21・打点84とこちらは前年を上回る結果となりました。この時点で36歳だったマギー選手ですが、大きな衰えは無かったようにも見受けられます。しかし、10月19日のクライマックスシリーズファイナルステージで広島東洋カープに3連敗を喫し、チームの全日程が終了した夜の試合後に行われた宿舎でのミーティングで号泣

 同僚に感謝を告げて握手を交わしたことが、チーム関係者から語られていました。そして、翌20日の羽田空港から米国へ出発する前の取材では、「もしかしたら昨日の試合がキャリアの最後になるかもしれない。その可能性が少なくともあると考えた時、チームメートらとこれでお別れかと思うとこみ上げるものがあった」と時折言葉を詰まらせ、涙を流しながらこのシーズン限りで現役を引退する可能性を示唆していました。

 そして、翌シーズンのプレーについては球団がどう判断するかが大前提であり、マギー選手自身も奥様としっかりと話をして、今後の家族にとって何が最善かを見い出すと語っていました。その後11月14日、ジャイアンツは翌シーズンの契約を結ばないことを発表し、退団が決定しました。

 思い返せば、2017年にジャイアンツは球団史上ワーストの13連敗を喫した後、マギー選手は2番・二塁手として起用されました。本職の一塁手や三塁手ではなく、二塁手で試合に出場することによって攻撃陣の層が厚くなり、チームは巻き返すことができました。

 この際、「オレは一塁手でも三塁手でもなく野球選手なんだ。だから最善を尽くすのは当たり前のことだと思っている。」と言うコメントを残し、慣れないポジションでも責任感を持って一生懸命こなしていました。こうした姿は、若い選手にとっても非常に良い影響を与えたことでしょう。

 とかく外国人選手の中には、野球はしっかりやっていたとしても素行が悪かったり、プレー中は気性が荒くなる選手も少なくありません。そんな中でマギー選手の場合は、乱闘が起きそうになると割って入って止める姿も見せておりました。成績以上に貢献度は高く、ファンに惜しまれながらの退団となりました。

 米国球界への復帰は臨んでいなかったと見られ、「振り返れば、誇れるような野球人生だった」と野球人生を締めくくるような言葉も残していました。そして、どこの球団でもプレーをしていなと言う事実から考えると、現役を引退したものと思われます。

 マギー選手は、非常に家族思いなことでも有名です。特に長男のマッケイル君は先天性の脳障害を患っており、全米脳障害連合のメンバーとしても活躍しています。

 イーグルスでベストナインを獲得する程の活躍をしながらも、1年限りで退団となりメジャー復帰となったのは、長男の療養に携わるためと言うことが理由の1つでした。恐らく今回の引退も、長男のことが少なからず影響していそうです。そう考えると、改めてその愛情の深さと思いやりの心を感じさせられます。

まとめ

 以上、マギー選手についてご紹介しました。彼の人柄の良さを表すエピソードは、数えきれないほどです。イーグルスに所属していた2013年のオープン戦のこと。

 彼はほとんど打たず、他球団の投手の球種や配球をメモしていました。そしてそのメモを、WBCに参加するために遅れて来日してくるアンドリュー・ジョーンズ選手に渡したのです。

 他にも、東日本大震災の復興支援としてホームラン1本につき5万円を寄付するなど、周りのことを考えて行動できる人でした。引退は寂しい限りですが、第二の人生でも家族をはじめとした他者貢献をこれからもしてくれることでしょう。

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